大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所八戸支部 昭和31年(ワ)197号 判決

原告 中沢三次郎

被告 国

主文

被告は、原告に対し、金八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年一二月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

本判決は、仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

訴外米田豊太は、昭和一八年三月二六日青森県三戸郡猿辺特定郵便局長及び同局分任繰替払等出納官吏に任命され、爾来同局の郵便、郵便貯金、遺族年金支給並びに同局において受払する国庫金の保管等の事務を掌つていたものであるところ、昭和二九年五月三〇日ごろ三戸郡三戸町大字貝守字大久保九番地原告方において、原告に対し、何等その事実がないのにかかわらず、「今度郵政省では事業資金獲得のため従来よりも利息の高い新しい郵便貯金を扱うことになつた。」旨虚構の事実を告げて、原告をしてその旨誤信させ、かねて原告が右郵便局に預け入れ中の定額郵便貯金合計金八〇〇、〇〇〇円を右貯金に振り替えることを奨め、よつて原告から各額面金一〇〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円口一〇組合併)、預入年月日昭和二八年五月二〇日、据置期間満了日昭和二八年一一月二〇日、記号番号定こちも〇弐弐九六号ないし〇弐参〇弐号の定額郵便貯金証書七通及び預入年月日昭和二七年一一月二〇日、据置期間満了日昭和二八年五月二〇日、記号番号定こちも〇弐弐参四号の同証書一通を騙取し、翌六月一日及び同月三日の二回にわたり右猿辺郵便局において、右定額郵便貯金の払戻を受け、原告に対し、右貯金と同額の金八〇〇、〇〇〇円の損害を被らせた。そして、被告は、その郵政事業のため右米田豊太を使用しているものであつて、右損害は、被告の被用者である同人の右業務執行について生じたものであるから、被告は、同人の使用者として右損害賠償の責に任ずべきものである。よつて、原告は、被告に対し、右損害の賠償として金八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三一年一二月一六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求あるため本訴請求に及ぶと、このように述べ、

証拠として、甲第一号証の一、二、第二ないし五号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし六号証の成立を認め、同第七号証の一ないし八が被告主張どおりの写真であることは認めるが、同第八号証が被告主張のような写真であることは不知と述べた。

被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告の主張事実中、米田豊太が昭和一八年三月二六日その主張のように特定郵便局長及び同局分任繰替払等出納官吏に任命され、その主張のような職務権限を有したこと及び同人が右職にあつた昭和二九年五月三〇日ごろ原告からその主張の定額郵便貯金証書八通の交付を受けて、これを騙取し、同年六月一日及び同月三日の二回にわたり払戻を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。米田豊太の行為は、被告の事業の執行とは何の関係もないものである。即ち、同人は、原告に対し、「東北地方特定郵便局長会でその事業資金獲得のため郵便貯金より利息の高い貯金を扱うこととなつた。」旨を告げて原告を欺き、その貯金に振り替えることを奨め、原告の使者として右定額郵便貯金の払戻を受けたのである。ところで、東北地方特定郵便局長会は、国とは別個の団体であるから、米田豊太の行為は、猿辺郵便局長及び同局分任繰替払等出納官吏たる職務の執行とは何の関係もないものであつて、被告には、同人の行為によつて原告の受けた損害を賠償する義務はないと、このように述べ、

証拠として、乙第一ないし六号証、第七号証の一ないし八、第八号証を提出し、第七号証の一ないし八は米田豊太が原告から騙取した定額郵便貯金証書八通の写真、同第八号証は同人が作成した前田せき宛ての特別積立定期貯金証書の写真であると附言し、証人井畑四郎の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

米田豊太が昭和一八年三月二六日青森県三戸郡猿辺特定郵便局長及び同局分任繰替払等出納官吏に任命され、同局の郵便、郵便貯金、遺族年金支給並びに同局において受払する国庫金の保管等の事務を掌つていたこと及び同人が右職にあつた昭和二九年五月三〇日ごろ原告から原告主張の定額郵便貯金証書八通の交付を受けて、これを騙取し(但し、欺罔の方法を除く)、昭和二九年六月一日及び同月三日の二回にわたり右貯金八〇〇、〇〇〇円の払戻を受けたこと(但し、同人が払戻を受けるについての資格の点、即ち国の被用者としてか、原告の使用者としてかの点を除く。)は当事者間に争いがない。

従つて、原告は、米田豊太の右不法行為によつて右貯金と同額の金八〇〇、〇〇〇円の損害を受けたものと言わなければならない。

原告は、右損害は、被告の郵政事業のための被用者たる米田豊太がその事業の執行について加えたものであると主張し、被告は、これを争い、米田豊太の右不法行為は、被告の事業の執行とは何の関係もないものであると主張するので、案ずるに、成立に争いのない甲第五号証、乙第一ないし六号証、本件定額郵便貯金証書の写真であることに争いのない乙第七号証の一ないし八に証人井畑四郎の証言及び原告本人尋問の結果の一部を総合すると、米田豊太は、原告に対し、「東北地方特定郵便局長会で厚生施設その他の事業資金に充てるため定額郵便貯金より利息の高い貯金を扱うことになつた。」旨虚構の事実を告げた上、本件定額郵便貯金合計金八〇〇、〇〇〇円を右貯金に振り替えることを奨め、原告から本件定額貯金証書八通を騙取し、更にこれを同局係員に提出して合計金八〇〇、〇〇〇円の払戻を受けたことを認めることができる。ところで、米田豊太が被告国の被用者として猿辺特定郵便局の郵便、郵便貯金、遺族年金支給並びに同局において受払する国庫金の保管等の事務を掌つていたことは前記当事者間に争いのない事実であつて明白であるところ、国の郵政事業は、国の権力作用の発現ではなく、私経済作用に準ずべきものであると解すべきであるから、国の被用者として郵政事業に従事する者がその事業の執行につき第三者に加えた損害については民法第七一五条の規定により国がその損害賠償の責に任ずべきものと言わなければならない。そして、同条の「事業の執行につき」とは、同条が特に被用者の行為について使用者に損害賠償の責任を負わしめた公平と言う観点から考察して、事業の執行自体に限らず、その事業の執行を助長するため適当な牽連関係に立つ行為の外、被用者の意思にかかわることなく、行為の外形上使用者の事業の執行と認められる行為をも含むものと解すべきである。今、本件について、これを見るのに、米田豊太は、本件不法行為当時郵便貯金の事務を掌つていたのであつて、このことからしても同人が実在しない東北地方特定郵便局長会(但し、財団法人仙台郵政局管内東北特定郵便局長協会が実在していたことは乙第一号証によつて認めることができる。)で定額郵便貯金より利息の高い貯金を扱うことになつた旨虚構の事実を告げて、原告から本件定額郵便貯金証書を騙取したとは言え、右言辞によつて前記貯金の振替を奨められた者にとつては、右貯金も郵便局で扱うものと解することは寧ろ極めて自然のことに属し、現に、原告本人尋問の結果によると、原告は、右貯金も郵便局で扱うものとばかり思つていたことを窺知するに足り、米田豊太の前記職務権限及び本件不法行為の手段、方法より見て、同人の右行為は、社会観念上同人が掌つていた郵便貯金の事務と外形上同一視され、使用者たる被告国の事業の執行と認められるるものと言わなければならない。

従つて、被告は、米田豊太の右不法行為によつて原告に与えた損害を賠償すべき責を免れず、その損害賠償として原告に対し、金八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三一年一二月一六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求は、理由があるから、正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について、同法第一九六条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤健作 野村喜芳 松沢二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例